ちょっと前のことだけど、おねーちゃんと激しくやりあってしまった。
もー本当に腹が立って腹が立って

でも後になって怒りすぎたかなと少々反省。
悩んだ末、「ゴメンね、でも嫌いで怒っているんじゃないよ。」と伝えた。


私と夫は、『親にされて嫌だったことはしない、見習うべきところは見習おう』と決めている。
私の母は私に厳しく、ただダメと言うだけでなぜそれがダメなのかということを説明してくれなかった。
例えばテレビを見ちゃダメだったら、なぜ見ちゃいけないのかについては何も言わずに勝手に消したりする。
ケンカしても謝られたことなどなかったし、ダメなところは指摘するけれど誉められた記憶はない。


高校生のときだったか、「私は子供ができたらそんな親にはならない」と母に言ったことがあった。
そのとき母は、”自分も昔はそう思っていたけれど無理だ、結局同じようになる”という感じのことを答えたと記憶している。

確かにたいていの人は、自分が育てられたように育てるものだと思う。
子供への躾は自分が受けた躾が基本であり、子供の時に言われたことをまた自分の子供に言うのが自然だろう。
私も自分で思い当たることが多々あるし。

でも、何も考えずに同じようにはしたくない。
無理だとあきらめることはしたくない。


私は自分があまり誉められなかったせいか、誉めるのが苦手で照れくさく、子供に対してすごいな偉いななどと感じても、素直にそれを伝えることができない。
悪かったなと思っても、なかなか謝ることもできない。
大人になってから子供は誉めて育てたほうがいいという話を母としたときに、母は「どう誉めていいのかわかならい」と言っていた。

母もまた、誉められない子供だったのかもしれない。
そのわりに祖母は私には母のことをベタ誉めするのはナゼ?(^^;


子供を誉めることができない負の連鎖は、私で終わりにしたい。
あきらめない、同じような親にはならないと決め、なんとか頑張ってきたせいか、おねーちゃんは私よりはのびのびしているように感じる。
相変わらず自分のことは棚に上げて文句ばっかりで、注意するとすぐふてくされるし、腹が立つわ疲れるわなんだけど、この年頃はそういうものだろう。


そんな両親だが、見習いたいところもないわけではなく、一番はいろんなところへ連れていってくれたこと。
父は今は起業して裕福だが、昔は普通のサラリーマンだった。
それでも自分たちが旅行好きなせいもあってか、お金がないなりにあちこちへ連れて行ってくれた。

そんなふうに育った私もお休みの日は出かけるものというのが頭にあって、子連れでいろんなところへ遊びに行ったものだ。
それも今は部活やら塾やら、お金もないしで出かけることのない休日ばかりだけど。


ちなみに夫はというと、ひとつめは母親の過干渉。
ふたつめは教師である父親の、自分の子供に対しても教師のような態度が嫌だったそう。
(家に注意書きの張り紙をしたりとか・・・直接口で言え!と腹が立ったらしい^^;)

義父はけっこうな仕事人間で、これは義母も言っていたがあまり家庭を顧みる父親ではなかった。
子供の時に自分自身の父親を亡くしていて、親としてどうあるべきか分からない部分もあったみたいだと、これも義母から聞いた。
昔は父親との間に距離を感じていたという夫だが、自分が親になってわかったことがたくさんあり、父親への気持ちが変わったそう。
育児=育自、子育てを通して親もまた成長する、よく聞く言葉だがその通りなのだと思う。


毒になる親―一生苦しむ子供 (講談社プラスアルファ文庫)


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こんな本が話題になったり、『アダルトチルドレン』という言葉が一般的な今の世の中、親への葛藤を抱える人は少なくない。

今日は東北の地震のニュースが気になって久々に朝のワイドショーを見たのだが、秋葉原の無差別殺人について視聴者からの意見が紹介されていた。
加藤容疑者に対し、自分も同じような親に育てられたという人から同情的な声がいくつか寄せられたそうだ。

他に「受験戦争のこの世の中、子供の作文や絵をかわりに親がなんてまわりでも当たり前」というあるお母さんの意見にはびっくりした。
本当にまわりではそれが当たり前なんだろうか。
いったい子供にどういうに人間になってほしいんだろう??

犯人に対して同情的な意見がある一方で、もう25歳という大人なのに人のせいにばかりして、親の責任を問う必要があるのかという意見もある。
でも育った環境や親の影響って、本当に大きいもの。

そんなふうに言っちゃうと山口県光市の母子殺害事件の犯人も境遇に同情すべき点が・・・ということになるんだけど、私はどうしてもあの犯人には同情できない。
犯人の友人に送った手紙から、反省しているとはとても思えないからか。
それとも被害者が幼い子供だったからか。
やっぱり感情に左右されてしまうので、陪審員になっても公平な考えができるか自信がない。。。


ご近所で虐待か?と思われるほど厳しく育てられた加藤容疑者。
高校生になると、母親は2人で食事するのがとても苦痛だと、酒鬼薔薇聖斗と同じ年で怖いとおびえていたらしい。
確かに事件を起こした子供の親は誰も自分の子供がそんなことするとは思っていなかっただろうし、気持ちは理解できないこともない。
でも母親にそんなふうに思われてたら悲しいよね。

中学生、高校生の時期の子供は難しい。
小学生のときみたいに何でも話してくれるわけでもないし、自分が話さないくせに「聞いてくれない」とか思ってたり。
自分の主張が通らないとふてくされたり、怒ってみたり。

それは良くないかなと思っても、面倒くさいから大目に見たり見ないふりしたり。
そうしてしまう親の気持ちはよくわかる。
娘が夜遅くまで出歩いていても、怒らないし何も言わない。
茶髪にしようが勉強しなかろうが、怒られることもない。
そんな話を聞くと、疲れるから、めんどくさいからなのかなと考えてしまう。

思春期の子供にわかるように話し、理解してもらうのはとっても骨が折れるから。
ホントに私も「疲れた、もぉヤダ。勝手に夜中まで遊んでろ。」と言ってしまいたくなることもある。
自分が悪いくせにふてくされてると、なんで私がこんな態度をとられなきゃいけないのかと、理不尽な気持ちでいっぱいになる。
しかも最近はおにーちゃんもなので、ほったらかしの放任主義のが楽でいいよなぁと思ってしまうことすらある。

まだみどみどとチビコもいるのだと考えると、めげそうだ。
ちっちゃいときはちっちゃいときで大変で、小学生は小学生でやっぱり大変で、中学生になったらま違った大変さがあって。
親は辛いよ、まったく